会社沿革
会社沿革
本社社屋
本社社屋
2Fホール
2Fホール

昭和31年 5月 長野県飯島町に会社設立。バイオリン・ギターの製造を始める。
昭和49年 7月 大正琴製造開始。地元で教室活動も始める。〜琴伝流発足〜
昭和58年 9月 あかぎ国体にて皇太子・皇太子妃(現天皇・皇后両陛下)の御前演奏を行う。
昭和60年 11月 第1回全国大会(以後毎年日本武道館・NHKホール等で開催)
昭和62年 4月 東京本部開設、本部数10を越える。
第3回全国大会(出場者5千人を越え開催。NHKホールで初の大正琴演奏会)
昭和63年 2月 会員数20万人達成。
平成3年 11月 第3回生涯学習フェスティバル参加(以後毎年参加)
平成5年 5月 社団法人大正琴協会を文部省認可のもと設立。
8月 本部数30を越える。
平成6年 2月 第9回全国大会(出場者1万人を越え開催)
9月 会員数40万人達成。
平成10年 2月 長野冬季オリンピックにて大正琴を演奏。
3月 本社を駒ヶ根市に移転。
第13回全国大会(出場者1万5千人を越え開催。全国大会出場累計10万人を達成)
平成12年 11月 第15回国民文化祭参加
平成13年 4月 第16回全国大会が単独流派初の文部科学省の後援を受ける。
平成14年 7月 大正琴初の全国ネットラジオ番組「大正琴こころのメロディー」放送開始
平成18年 8月 第1回全国子供大正琴コンクール」開催(実行委員長:北林豊)
12月 「大正琴音楽大賞」スタート 第1回受賞曲「風雪ながれ旅」北島三郎
平成20年 4月 大正琴一斉演奏ギネス世界記録樹立(6月には世界一大きな大正琴も認定)
5月 ANA全日本空輸国際線機内放送採用
10月 第23回国民文化祭・いばらき2008「大正琴の祭典」実行委員長
平成21年 10月 大正琴誕生百年記念之碑建立(恵那市:日本大正村)
全国生涯学習フェスティバル見本市会場単独流派初の出展
平成22年 4月 大正琴誕生100年記念本「大正琴ものがたり」(幻冬舎)出版
6月 大正琴誕生100年記念歌「さようならば」(作詞・作曲谷村新司)発表
11月 第25回国民文化祭・おかやま2010「大正琴の祭典」企画委員長
平成23年 10月 第26回国民文化祭・京都2011「大正琴の祭典」企画委員長
平成24年 9月 第27回国民文化祭・とくしま2012「大正琴アンサンブルの祭典」実行委員長
平成25年 10月 第28回国民文化祭・やまなし2013「大正琴の祭典」企画委員長
平成27年 5月 大相撲五月場所懸賞掲出
10月 第30回国民文化祭・かごしま2015「大正琴の祭典」企画委員長
平成29年 9月 明知鉄道(岐阜県)で日本初の大正琴列車実施
創業初期
有限会社日本バイオリン研究所は、琴伝流初代会長の故北林源一郎が、戦地で明日の命も知れない特攻隊の隊員が携帯蓄音機で音楽を聴いている姿を見て、音楽とは何かと自問自答したことをきっかけに、復員後に楽器メーカーの木曽鈴木バイオリンに務め始めたところにその原点があります。
順調な経営に見えた木曽鈴木バイオリンでしたが、昭和25年に債権の焦げ付きから倒産という思わぬ事態に直面します。しかし、源一郎は残された労働者で組合組織を作りその長として事業を継続し、製造から販売まで奔走します。
そして、経営再建の目処がついた昭和31年に、自ら独立して長野県飯島町に日本バイオリン研究所を興しました。
しかし、無名の弦楽器メーカーがこの業界で生き抜くことは容易なことではありません。創業から暫くすると大正琴考案者の森田吾郎氏がもっと音楽を大衆の身近にしたいと願ったように、源一郎も一部の人が奏でる楽器ではなく、誰でも遊んで使える玩具楽器の製造や、楽器のある家族団らんの空間を作りたいとの想いから装飾用のミニチュア楽器を作り始めます。
経営が厳しい時でも楽器づくりから離れなかったのは、穏やかな顔で音楽に聴き入る特攻隊員の姿を見て自問自答した音楽の力に対する敬意の念があったためです。
ウクレレとギターの玩具
ウクレレとギターの玩具
頒布会で販売したミニチュア楽器
頒布会で販売したミニチュア楽器